幸福論・考え方・思考

学校では絶対に教えてくれない!「信用創造」が私に教えてくれたこと。

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皆様、どうもMSと申します。

もし昔の自分に何かを伝えられるとしたら、何を伝えるか。


私は以前からこのテーマで書いてきましたが、今回はより全体的で


そして本質的に大切だと思える考え方をお伝えしたいと思います。

この内容は、間違いなく過去の自分に伝えたいものです。

なぜなら、この考え方を知ったとき、私は心からこう感じたからです。

「あれ?なんか今まで聞いていた話と違うぞ。」

この違和感こそが、今回のテーマの核心です。

「信用創造」という言葉自体を知らない方にとっては、新たな発見や興味深

い内容になると思います。

また、すでに知っている方にとっても、他人の感覚や実体験として


読むことで、新しい視点が得られるはずです。

どちらの方にも、ぜひ最後まで読み進めていただけると嬉しいです。

なお、今回の「信用創造」の話は、私なりに調べ、整理したものになります。


誤りが含まれている可能性もゼロではありません。

その点をご理解いただいたうえで、お読みいただけますと幸いです。

それでは、始めます。

まず私に気づかせてくれたのはyoutubeです。


近年、YouTubeにより情報の民主化が起こりました。

どう転んでも出会えない人々のお話がいつでもどこでも手軽に聞ける。

収益システムが秀逸で、視聴者に広告を見せることで収益を得るという

画期的なシステムを採用することにより

特定の大きなスポンサーなどが不要で

利権関係とは程遠い個人が増える流れとなり


ポジショントークをする意味も薄くなり、事実を発言する方

が増えたのだと思います。

そこで偶然出会った『信用創造』というシステムの真実


を知った時の衝撃は今でも覚えています。

「ん?こんなのありなの。。。。?」

というのが素直な感想です。

まず最初に言っておきたいのは

この記事は「銀行はズルい」「社会は全部インチキだ」

と言いたいわけではありません。


そういう単純な話ではないのです。

むしろ逆かもしれません。


私は信用創造という仕組みを知ったことで、世の中をより広く

より立体的に見るようになりました。


すくなくとも知る前よりは。

それまで当たり前だと思っていたものが

当たり前ではなくなった。


綺麗に見えていたものの裏に

必ず構造があるのだと考えるようになりました。


なぜこの商品が売られているのか。


なぜこの情報が流れているのか。


誰が得をしているのか。



どんなルールの上で成立しているのか。

そういう視点で物事を見るようになったきっかけが

この信用創造でした。


この記事では、まず銀行に対する一般的なイメージから入り、

そこから信用創造の本質へ進みたいと思います。



そして最後に、この仕組みを知ることでなぜ世界の見え方が変わるのか。



なぜ「表面」以外を見る姿勢が大切なのかを

書いていきたいと思います。

まずは銀行の一般的な業務からみていきましょう。

私たちが持っている銀行の一般的なイメージ

多くの人にとって、銀行とはどのような存在でしょうか。


おそらく、次のようなイメージを持っているのではないかと思います。

巨大な「金庫番」

最も分かりやすい銀行のイメージです。



人々の大切な現金を預かり、安全に保管する場所というものです。

手元に多額の現金を置いておくのは不安です。

盗難や紛失のリスクもある。


だからこそ人は銀行にお金を預ける。



銀行はその信頼を前提に成り立っており

単なる保管場所ではなく、ある意味


「安心そのもの」を提供している存在だと言えます。

お金の「仲介役」

次に、銀行は「貯金したい人」と「お金を借りたい人・企業」


をつなぐ仲介役、というイメージもあります。

預金者から資金を預かり、そのお礼として低い金利を支払う。



一方で、お金を借りたい個人や企業には


それより高い金利で貸し出す。


この預かる金利と貸し出す金利の差


いわゆる利ざやによって利益を得ている。


住宅ローン、事業融資、カーローン、カードローンなどを通じて

収益を生み出しています。

金融商品の販売や自社運用

銀行はお金を預かって貸すだけではありません。


窓口では投資信託や保険などの金融商品も勧めています。


これらの販売による手数料収入もあります。


また、自ら国債や各種金融資産を保有・運用し



そこから利益を得る側面もあります。

つまり銀行は、単なる「預かって貸す場所」ではなく



金融商品を売り、資産を運用し、お金そのものを商品化して


収益を得る総合金融機関
でもあるわけです。

各種手数料

さらに、ATM手数料、振込手数料、両替手数料など


日々のサービス利用に伴う手数料収入もあります。


ここは一件一件の額は大きくないかもしれませんが

安定した収益源として非常に重要です。

システム維持や決済インフラとしての役割を考えると

ここは暴利というより、薄利でも継続的に積み上がる領域でしょう。


地味ですが、銀行の収益基盤として欠かせない部分だと思います。

一般的な銀行像だけでも十分に成り立つ

ここまで見てくると、正直なところ、これだけで十分にビジネスとして成立

しているように思えます。

これだけ聞けば、銀行は非常に堅実で


分かりやすく、巨大な金融仲介業だという理解で済みます。

多くの人は、ここまでのイメージで銀行を見ていると思います。


少なくとも、私も以前はそうでした。

しかし、ここで信用創造という仕組みに触れると、

一気に景色が変わります。

信用創造とは何か

信用創造とは、非常に大ざっぱに言えば、

銀行が貸し出しを行うことで、新しい預金通貨が生まれる仕組み

のことです。

ここで大事なのは、私たちが普段「お金」と呼んでいるものの多くが

紙幣や硬貨ではなく、銀行口座の数字だということです。


そして銀行は、融資を行うとき、単に既存の現金を右から左へ渡しているだけではありません。


帳簿上で、新たな預金を発生させているのです。

例えば、借り手が銀行に来て「1000万円貸してほしい」と言い

銀行が審査のうえで承認したとします。

すると借り手の口座に「1000万円」と記帳されます。


その瞬間、借り手は1000万円を使えるようになります。

ここで重要なのは

その1000万円が必ずしも金庫の中から現金でゴソッと出てきたわけではない


ということです。


帳簿上の処理として、銀行の側では

が同時に計上されます。

つまり、銀行が貸し出しをした瞬間に

社会の中で使える預金が増える。


無から有を生む瞬間なのです。


これが信用創造の核心です。

「無から有」が起きているように見える理由

この仕組みを初めて知ったとき、多くの人が驚きます。


私もそうでした。

「え? 書いて終わりなの?」


「現金がなくても、口座の数字としてお金が生まれるの?」



「それって打ち出の小槌ですよね!?」

そう感じるのは当然です。

もちろん、厳密には何の制約もなく


無限にお金を作れるわけではありません。


借り手も必要ですし、審査も必要ですし、銀行自身にも規制があります。


しかし、私たちの素朴な感覚からすると

まず 記帳するだけでお金が生み出せる違和感

お金とは“どこかに実体があるもの”だと思っているはずです



だからこそ、帳簿上の処理で預金通貨が増えるという話は


まるで打ち出の小槌を振っているだけのように見えるのです。

「無から有」という表現はやや強いですが

少なくとも私たちの直感を揺さぶるだけのインパクトはあります。


そしてこの違和感こそが


のちに色々な気づきを与えてくれる事になります。

預金の正体  私たちの資産は、銀行にとっては負債である。

ここで少し視点を変えてみます。


そもそも、銀行にとって「預金」とは何なのでしょうか。

私たちにとって銀行預金は、私たちの資産です。


通帳やアプリに表示されている残高は


自分のお金です。


もちろん日常感覚としてはそれで間違っていません。

しかし銀行の会計上、預金は銀行の資産ではありません。


銀行にとって預金は「いつでも返さなければならない負債」なのです。

つまり

という構造になっています。

この時点で、すでに普段の感覚とズレがあります。

私たちは「銀行にお金を置いている」と思っていますが


銀行の帳簿の側から見ると「銀行が私たちに対して返済義務を負っている状態」なのです。

「銀行は我々の預金をそのまま誰かに貸している」は、ほぼ間違い。

 世間イメージ:「銀行は預けたお金を誰かに貸しているんでしょ?」

結論:「ほぼ違うが正解」

あなたの預金100万円


銀行資金に組み込まれます。


60% → 短期国債等(即売却可・低利)


30% → 日銀当座預金(銀行自身の資金・即換金)


9% → 他行コール(他行同士で余ったり少ない時に貸し借り)


1% → カードローンや、通常ATM・金庫現金

(3大銀行でもカードローンで借りると年利14%ですって。怖。)

という内訳らしいのです。(内訳は諸説あり)

ATM現金


役割:日常小額引き出し用在庫(銀行全体の0.1%)


補充:銀行の金庫から。不足分は日銀から調達してATMに補充

個人送金の仕組み

あなた10万円振込 → 全銀システム(データ送信)


銀行間精算 → 日銀当座預金で数字移動

現金は一切動いていません。

決定的証拠

100%いつでもどこでも引き出し可能


①あなたの現金100万円 → 一旦金庫 一定額貯まれば護送車で
日本銀行に預け入れ。そこでデータ化。


② 誰かに100万円融資 → 新規数字作成


③ あなた「今すぐ返して!」→ ATMからいつでも引き出せます。


①②③が実際同時にいつでも可能 → 「あなたの預金そのものは貸してない」

という証明となります。

では、銀行はなぜそんなことができるのか

では、銀行はなぜそんなことができるのか。

普通の会社は「預金を受け入れて勝手に送金する」権限を持っていません。


日本では、銀行業務(預金受入れ・貸出・送金)は銀行法(Banking Act)

などによって狭く制限され、免許制になっています。

つまり銀行は、「預金を作れる会社」ではなく

預金受入れ権限を国家から与えられた特殊法人です。

その権限は、税金・社会保障・給与振込など社会の基幹インフラとして機能

させるために、国家が慎重に付与しているものです。

したがって、銀行が預金通貨を「数字」として増やすことができるのは

銀行法によって国家から特別な権限を与えられているからであり

その背後には金融庁の監督、預金保険制度

そして中央銀行の決済ネットワークが支えているからだと言えます。

でしょうね。って言われそうですが。(笑)

少し余談

信用創造はだれが考えた?

信用創造というアイデアは

「一人の人がスパッと発明した」ものではなく


19世紀から20世紀にかけて

複数の経済学者が議論を積み重ねて理論化したものです。

ただ、その中心的なアイデアを最初に

「銀行は預金を生み出せる」と明確に主張したのは


スコットランドの経済学者ヘンリー・ダンカン・マクラウド(H. D.
Macleod)
とされています 。

彼は銀行の本質を「要求払いの信用を創造し発行すること」

と言い切って銀行が貸し出しを行うことで預金通貨が「新しく生まれる」


という考えを理論的に提示しました 。


その後、ジョセフ・シュンペーターや

アルバート・ハーン、AW、フィリップス、ケインズ

などがこの方向をさらに発展させて

「信用創造論」が経済学の中の定説になっていった。

つまり

と考えるのが一般的みたいです。

では本題にもどります。

信用創造が成立する3つの必須条件

銀行の余力と管理能力 預金の一部を「準備金」として残し、残りを貸し出し

に回せる仕組み。また、借り手の返済能力を正しく審査できる体制。

借り手の需要と預金者の信頼 事業や投資のために「お金を借りたい」
人がいること。そして

人々が銀行預金を現金と同じ価値だと信じて預け入れていること。

国家による法的な裏付け 銀行法などで預金・貸出の特権が

認められていること。中央銀行や預金保険制度など

破綻を防ぐセーフティネットが整っていること。

まとめ

人々が銀行を信じて預金し、企業が先を見越して借金し、

それを国家がルールで支えているとき

銀行は『帳簿上の数字』を増やすことで

世の中のお金を増やす(信用創造)ことができます。


信用創造には限界がある



信用創造には、いくつもの制約があります。

借り手が必要

まず当たり前ですが、銀行が一方的に好き勝手に預金を増やせるわけではありません。


借りたい人、借りるに値すると判断される相手が必要です。

返してくれない相手に貸せば、銀行は損失を被ります。

ですから銀行は審査をし、返済能力、事業の見通し、担保や信用状況などを見ます。


「誰にでも貸す」ことはできません。

銀行自身にも健全性のルールがある

銀行は自己資本比率などの規制に縛られています。


貸出が増えるほどリスク資産も増えるため

銀行自身の財務基盤が弱ければ、いくら貸したくても限界が来ます。



貸し倒れが増えれば自己資本も傷み、さらに貸せなくなる。

つまり信用創造は、夢の永久機関ではなく


信用と規制と健全性の上に成り立つ非常に繊細な仕組みなのです。

決済の裏付けが必要

銀行間の資金移動は、最終的には中央銀行当座預金などを通じて決済されます。


預金通貨は帳簿上で増えても、他行との決済や現金需要が

発生したときには、裏側の流動性が必要になります。

だからこそ、銀行はただ「数字を増やせば終わり」ではないのです。

銀行の強さと、同時に抱える構造的な弱さ   及びその解決制度

ここで面白いのは、銀行が極めて強い仕組みを持つ一方で

同時に非常に脆い構造も抱えていることです。

私たちは普段、「預金はいつでも引き出せる」と思っています。


実際、日常の範囲ではその通りです。


しかし、それはみんなが同時に動かない

という前提があってこそ成り立っています。

もし全員が一斉に「今すぐ現金で返してくれ」

と言い出したらどうなるか。

ここまでお読み頂けた方にはもうお分かり頂いているかと思いますが


銀行の金庫や支店に、預金総額と同額の現金はないのです。


一斉に引き出しが殺到すれば、通常の運営を前提とした現金準備では余裕で足りなくなります。


これが、いわゆる取り付け騒ぎと呼ばれるものです。

つまり銀行は、信用を通じて大きな力を持つ一方で


その信用が壊れた瞬間に急激に不安定になる。


強大でありながら脆い。



ここにもまた、社会の曖昧で綱渡りのような性質が表れています。

このように銀行は、信用によって成り立つ極めて繊細な存在です。


だからこそ、その信用が一気に崩壊しないようにする仕組みが必要になります。

そこで登場するのが「ペイオフ制度」です。

ペイオフとは、銀行が万が一破綻した場合でも


預金者一人あたり元本1,000万円とその利息までを保護する仕組みです。


これは単なる救済制度ではなく、「安心の上限」を明確にすることで

パニックを抑える役割を持っています。

もしこの制度がなければどうなるか。



人々は「銀行が危ないかもしれない」と感じた瞬間に

一斉に預金を引き出そうとします。

すると本来は問題のなかった銀行でさえ

取り付け騒ぎによって本当に崩壊してしまう可能性があるのです。

つまりペイオフは、預金者を守ると同時に、「銀行そのものを守る仕組み」

でもあります。

ここが非常に重要なポイントです。

銀行は信用で成り立っている。


そしてペイオフは、その信用を“制度として補強する装置”です。

完全な安心ではなく、「ここまでは守られる」という境界を設けることで

人々の行動を安定させる。結果として、システム全体の崩壊を防いでいるのです。

『とはいえこの仕組みは十分衝撃的すぎる。』



制約に脆弱さがあるとはいえ、やはりこの仕組みは十分衝撃的です。



なぜなら、私たちの多くは「お金は全額どこかに存在していて、それを誰か

が動かしている」と思っているからです。


ところが現実には、銀行融資を通じてお金が湧いて出て来ているのです。


銀行は制約があるとはいえ、今も打ち出の小槌を振り続けています。

こんなことが現実にあるんです。

感覚的に『この社会は何か聞いていた話と違うな。』と違和感を感じたのがこの時でした。

その違和感を自分なりに紐解いてい行く先に

思考停止から考える重要さに気づいていく事になります。

そして

ここから先が、私にとって本当に大きかった部分です。


それは何か?
何だと思いますか?

それは

世の中の大部分は公正公平に欠けると言うこと

そして

多くのものは、表面の説明だけでは見えていない構造がある。

ということです。

例えば保険。

保険は一見すると、とても綺麗なビジネスに見えます。

顧客は安心を得る。

保険会社は利益を得る。

社会全体としてもリスクが分散される。


いわゆる「三方良し」のように見える。

もちろん、その側面は事実です。

保険は実際に人を助けますし、必要な保障を持つことには大きな意味があります。


しかし、その一方で、別の構造も存在します。

これは保険が悪だと言いたいのではなく


どんな綺麗な表面をした仕組みにも、利益設計と構造があるということです。

ここで大切なのは、善悪を叫ぶことではなく


「どういう仕組みで成り立っているのか」を理解すること

だと思うのです。

物事は常に多面的である

私は信用創造を知ってから、何かを一方向だけで見ることが減りました。

大企業だから誠実。

上場企業だからクリーン。


テレビCMをしているから安心。


専門家が言うから正しい。



そういった受け取り方を、することが減りました。

もちろん、大企業が全部悪いわけではありません。

誠実な企業もあるし、本当に社会に貢献している企業も多いでしょう。


しかし同時に、大企業であっても利益最大化の構造を精緻に持っているのもまた事実です。

客のために見える商品が、実は会社にとってより都合よく設計されていることもある。

分かりやすい広告の裏で、見えにくいコストや誘導が存在することもある。


安心・便利・信頼といった美しい言葉の裏には、必ず収益構造がある。


資本主義社会で企業が利益を追うのは当然です。


あくまでここはコンクリートジャングル

極端な言い方ですが、弱肉強食の世界。

だからこそ大切なのは自分自身や

大切な人の身は自分で守る。




「なぜそうなっているのかを考える。」と言うことと

「常に仮説を立てる癖をつけると好ましい」と言えます。

すこし付け加えると、私は何でもかんでも

疑えと言いたいわけではありません。
(疑わないよりはマシですが。)


疑うだけなら簡単です。


何でも裏があると言っていれば、それっぽく見える。

でもそれでは思考停止の向きが逆転しただけです。

この情報は本当に正しいのか。


誰にとって都合がいいのか。


どんな仕組みで成立しているのか。


どの立場から語られているのか。

何が表で、何が裏なのか。

こうやって一度、自分の中で咀嚼する。


その姿勢が生まれたことが大きかったのです。

つまり私は、信用創造を知ったことで、


「思考停止」から「考える側」へ少しだけ移れた

のだと思います。

世の中は「構造」と「幻想」の上に成り立っている

ここまで来ると、さらに視野が広がります。

銀行も、国家も、貨幣も、軍隊も、法律も、会社も、ブランドも、肩書も、

かなりの部分が人間が共有している物語の上に成り立っています。

もちろん、ただの妄想という意味ではありません。


法も公権力も実在します。


制度も実在します。

しかし、それが機能するためには

最終的に人々がその権威や価値を信じている

必要があると言うこと。

お金が紙切れではなく「価値あるもの」として流通するのも


国家が発行し、徴税し、決済を支え、皆が受け入れているからです。

王様や政府、企業やブランドも同じです。


物理的な実体だけではなく、共同で信じる物語があるからこそ巨大な力を持つということ。

この視点に立つと、社会とは「絶対に固定されたもの」ではなく、


人間が作り、人間が信じ、人間が維持している巨大な構造の幻想物

ともいえるのではないでしょうか。

そして、重要なのはその構造は中立にできているわけではありません。


当然そこには、力を持つ者の都合既得権益歴史の積み重ね制度設計の偏りが含まれます。

社会のルールを作ったのは人間です。


そして人間は、完全に無私無欲な存在ではないということ。


国家も企業も組織も、理想だけで動いているわけではないのです。

当然そこには、自分たちの都合、利益、防衛、本音、権力維持が入り込みます。

つまり今の社会は

理想 合理性 欲望 安定維持 既得権益 歴史的経緯 などなど

これらが何層にも積み重なってできているのです。

だからこそこの世の中は、白か黒かではとてもじゃないですが語りつくせません。


正義か悪かでも割り切れません。


綺麗事だけでも回らないし、露骨な利己だけでも回らない。


その中間の、曖昧で危うく、しかし妙に現実的なバランスの上で回っている。

私はこの感覚を、ある意味でトワイライトな立ち位置だと思っています。

明るすぎず、暗すぎず。


善悪で断定せず、しかし構造は見る。


信じすぎず、疑いすぎず、考える。

正に仏教の中道思想そのものだと深く感じました。


かのブッダが悟りを開いた状態。

苦しすぎず、楽すぎない、バランスの取れた状態でしか
悟りは開けない。

という教えです。

弦楽器も張りすぎても ゆるみすぎても良い音は出ません。

お粥も熱すぎれば食べられず 冷たいと美味しくないし体は温まりません。


人生生きていく上で、そういう心の在り方や

合理的な考え方がとても大切になって来るのでは

ないかと深く感じています。

これが私の信用創造から教わったお話しになります。

最後に

ここまでお読み頂き有難うございました。

みなさんいかがだったでしょうか?


社会のバグを目にしたとき 初めて気づいた。

私たちが信じて疑わなかったものは、 決して完璧とは言えないシステムの上に成り立っているということ。

今回の話は、そんな巨大な構造への「警鐘」でもあります。

結局、一言で言うと 「全てには理由がある」 ということをお伝えしたかったのかもしれません。

ただ何となくそこにあるのではなく、 全ての物・事には、理由があってその形をしている。

その視点が頭の片隅にあるかないかだけで、 これからの人生の景色は、全く変わってくるのではないかと思います。

ではまた!

MS

記事の中で触れた「人間が共有する物語の上に社会は成り立っている」という視点。その本質を圧倒的なスケールで描き切った世界的名著。お金・国家・宗教・会社——私たちが当たり前だと思っているものの正体を、人類70万年の歴史から解き明かす。読み終わったとき、世界の見え方が確実に変わる一冊。全2巻。

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プロフィール
経営者。会社員時代の違和感から独立を決意。現在は独学で学んだ海外輸出事業を軸に、その過程で得た知見をもとに、お金・幸福・科学・思考について発信しています。テーマは「お金持ち」ではなく、選択の自由、自己裁量権の最大化を最も重要とする生き方「自由持ち」。海外の最新論文や古典も交え、温故知新と実体験を掛け合わせ、本質をシンプルかつ再現性ある形で届けます。遠回りに見えて最短の道を選びたい人へ。
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